首都圏研修/フィールドワーク

首都圏研修G班体験記(前編)「日本一になることは難しいことなのか」

「首都圏研修への支援」 宇高同窓会東京支部の一丁目一番地の政策である。
昭和62年に経験した修学旅行は楽しかった。西本願寺を見学したことはよかった! と今でも同じ修学旅行班のクラスメートから言われるほどである。その一方で、平成15年より始まった首都圏研修: 3年生のときのクラスメートの國安貴先生から、OBのところにいく首都圏研修は宇高でないとできない、ぜひ協力してくれ、ということで今回引き受けることにした。
コロナ後初めての対面首都圏研修、しかしながらG班:江戸川病院>明治大学は今年からの新設コースで、果たして何をやったら良いのか?? 一方、事前学習時間もあり、G班引率の髙久順先生より私が書いた論文を是非ということで、PubMed(<医学などの論文検索のことです)で、以前にJCHO東京新宿メディカルセンター時代に書いた論文の抄録を9つほど学生さんに読んでもらった。また、せっかくなので講演を、ということで「日本一になるのは難しいことなのか」というテーマでパワーポイント作成を行った。こちらは午後の担当の明治大学の石塚さんと共有し、石塚さんもすごい??パワーポイント作成+講演をされたかと推察する(次回後編をお楽しみに!)
講演は自己紹介から始まり、最初に宇高史上3人のオリンピック選手の話と私が選んだもっともオリンピックに近かった宇高生について解説をした。全員が、オリンピックに出た先輩がいるんだ!と驚いていました。

宇高史上唯三のオリンピアン達

その後、自分の大学時代~放射線腫瘍医としての流れを話をした。以前に本HPに書かせてもらった恩師の話や昨年の江戸川病院の強度変調照射の件数が日本6位だったこと、専門医数で割るとどうみても1位であることや、世界初の乳がんに対する加速器型中性子捕捉療法について話をさせてもらった。

また、江戸川病院に転職するときの話で、水没危険地帯には行きたくないな、という話や、宇高時代は受験科目しか勉強していなかったが、第1種放射線取扱主任者試験の話から物理・化学・生物を全部もう一回勉強しなおした話から、結果的に全教科主義となった話などした。また、学生時代は国語を苦手にしていたが、伝える能力はとても大切、だから何といっても国語が大切、という話をした。

水害のときの写真を探してくれた昭和36年卒の父に感謝申し上げる

終盤に東京支部の宣伝をさせてもらった。大学生になったら東京支部に入会してくれると勝手に信じている。予定では22枚のスライドで20分ぐらいと思っていたが、結果として40分ぐらいしゃべってしまい結構ヒートアップしてしまったかなー、と振り返る。

そのあとの質疑応答では事前学習から私が書いた論文の抄録だけでなく論文を読んでくれたのか、コロナ感染後の放射線リコールの原因について、いうものがあった。残念ながら原因についてはわからない、実際の話をするとこの論文がでる数日前に放射線治療でもっとも有名な雑誌にコロナワクチン後の放射線リコールの論文が出て、実はほかの雑誌に投稿したらたらい回しにされ、それだったら落とされても最初からその雑誌に出せばよかったと反省した話をした。
その後、当院の医学物理士のほうから「物理系から医療系にきて」というテーマで話を10分ほどしてもらった。なんで原子核工学をやっていて医療系に来たのか、初めて聞いて感銘を受けたが、宇高生に医学物理士や診療放射線技師という仕事がまったく知られていなかったので、もう少しこの業界が宣伝する必要性があるな、と思った次第である。

2つの講演の後は、中性子捕捉療法装置の本体とその加速器の見学、また江戸川動物園といわれてる江戸川病院の動物たちやアートを見学して、有名な??洞窟を通って日本で6台しかないMRI誘導放射線治療装置を見学をした。動物たちとアートにはみんな大喜びで「江戸川病院 日本一じゃね」というお言葉をいただいた。

中性子捕捉療法装置 と 放射線治療の入り口の洞窟

せっかく講演で水害の話をしたので、すぐわきにある江戸川の土手に行き、集合写真を再度撮った。11月末とは思えない陽気で江戸川のほとりで「寝てー」とかいう声が聞こえた。噂では後半の明治大学では写真を取り忘れたらしいので、卒業アルバムに載るかも、と思っている。

江戸川の土手にて

最後に、私個人としても曽祖父~父がやってきた宇中・宇高教育に参加することができ、記念するべき日となった。ちなみに夜は3年1組のときのクラスメートと一席:当初はもう一人いた、と書いておきましょう。

黒﨑弘正(平成元年卒)

2023.11.28夜:平成元年卒3年1組「新太郎」クラスの極上の仲間たち
2023.12.1JASTRO会場にて:M班担当 加藤弘之 神奈川県立がんセンター放射線治療科部長と

首都圏研修G班体験記(後編)「大学の学者の仕事:学歴プロレタリアート5代目の視点」へ続く