会員投稿,  同窓会本部

令和7年同窓会総会出席報告記

さる令和7年6月12日(土)に宇高同窓会総会が執り行われました。場所は例年通りホテルニューイタヤさん、運営は昭和62年卒業の私たちが務めさせていただきました。宇都宮で行われる本部同窓会総会への参加は初めてだったのですが、同窓会東京支部副支部長の平成元年卒・黒﨑 弘正さんから体験記出稿を無茶ブリされましたので、約束の期限が過ぎた今、冷や汗をかきながら机に向かっています。
はじめに簡単な自己紹介をさせてください。私は昭和62年卒業の石川 宗(はじめ)と申します。高校時代はバレー部とPFC(Pen Friend Club)に所属していました。出身中学は豊郷中学校、卒業後は東北大学に進み現在は日本航空に勤務しています。また同窓会東京支部の理事も務めさせていただいています。

さて遡ること38年、私たちの卒業年度・昭和62年に世の中で何が起きていたか覚えていますか?と自信と確信を持って「これだ!」と答えられる方はいらっしゃらないと思います。ネットで調べてみたところ、瀬川瑛子の「命くれない」がシングル売り上げ1位となり、国鉄が分割・民営化されJRグループ7社が発足し、おニャン子クラブが解散した…若い方々には意味不明でしょうがこんな年だったようです。
卒業してから確実に40年近く時は過ぎたわけですが、今回の同窓会総会に参加してみて、その時の流れを忘れてしまうかのような感覚を覚えました。
先ず受付で声をかけてくれた同じ豊郷中学校出身のI君。野球部で鍛えた身体としゃべり方は当時と全く変わっていません。会場に入って真っ先に声をかけてくれたM君とT君。M君は下野新聞社の局長を務めているとのこと。素晴らしい出世です!ちょっとヤンチャだったT君とは、当時良く聴いていた尾崎豊や浜田省吾など音楽談議に花を咲かせたものですが、今はリハビリ関連の仕事に従事されておりしっかりと社会のお役に立っているようです。
同じバレー部だったT君は、10代にしてはかなり老けて見えたのですが…その甲斐もあって(?)50半ばを過ぎた今でも当時のままでした。体育館の隣で練習をしていたバスケット部のK君とH君は見た目も若々しく、これまた当時とあまり変わっていない印象を受けました。勿論それなりに恰幅が良くなり、第一印象では「きっと彼に違いない」と不安になる輩も居ましたが、言葉を交わすうちに当時の距離感に戻っていく感覚は本当に不思議な体験でした。

左:木村S62常務理事による挨拶 
右:斉藤一也さんによる講演 アナウンサーの立場から小泉内閣訪朝の訪朝の話やオリンピック解説について講演がされました

世の中には色々な“奇遇”があるものだと思いますが、まさに奇跡の縁があったU君とも再会を果たすことが出来ました。私は20数年前の新婚時代に成田市内の社宅に住んでいました。その社宅のお向かいに整備士さんが住んでいたのですが、その整備士さんの奥様が、なんとU君の妹さんだったのです!!本当に世間は狭いもので、悪いことは出来ません…。彼は会社勤めに区切りをつけて今夏独立するそうです。きっと社会保険労務士事務所開業に向けてこの暑いさなか多忙な日々を過ごしていると思います。その他にも、当時あまりの硬派ぶりが恐ろしく、声すら掛けられなかった応援団長のA君。御父上が、私が大学時代仙台で住んでいたアパートの大家さんだったS君。野球ばかりしていたイメージだったにもかかわらず、関西の有名私立大学で教授となったO君、などなど、本当に沢山の友人と楽しい時間を過ごすことが出来ました。
勿論、同期だけではありません。「和敬信愛」の指標通り、先輩後輩の垣根を越えて滝の原精神で結ばれた強い絆を感じることが出来ました。人間関係が希薄になったと言われて久しいですが、このような繋がりを感じられる空間は稀だと思います。今更ながら宇高を卒業して本当に良かった!と気づかされました。

盛大に開かれた鏡開き 
右より 小嶋 東京支部理事(S62) 森 S61常務理事 増田同窓会長 長 校長 柏倉 元衆議院議員(S63)

来年も是非参加するぞ!と思いました。が、その前に「宇都宮高校同窓会東京支部」で令和7年11月15日(土)於:KKRホテル東京(東京共済会館)に総会を予定しています。東京近郊にお住まいの方は是非足をお運びください。
少し暑苦しいかもしれませんが、滝の原精神を感じに来ていただきたいと思います。

U君と一コマ 筆者左

石川 宗(昭和62年卒)